私は毎日、初めての相手にメールを書いています。書き終えたあと、AIに「もう少しビジネスライクに整えて」と頼むのが、いつのまにか癖になっていました。
その癖が、返信を減らしていたかもしれません。
7月に公開された実験の話です。6社の社員が3週間、ふだんの仕事メール1万6,880通をAIに書き直させたものと素のままに分けて送り、開封と返信をすべて記録しました。読んだあと、私は自分の送信テンプレートを直しました。
6社121人が、3週間ぶんの仕事メールを実験に差し出した
ハイファ大学のBen-Zion氏とヨンショーピング大学のLazebnik氏による実験です。参加したのは6社の社員121人、平均年齢38.5歳。イスラエル、イギリス、スウェーデン、ウクライナの4か国、業種はソフトウェア、ハードウェア、サービス、医療機器。
ありがたいのは規模です。参加企業は従業員7人から38人。大企業の話ではありません。
一人ひとりが、3つの条件を1週間ずつ順番に経験します。
- 素のまま。自分の言葉で書いて送る
- ビジネスライク。GPT-5に「かっちりした調子で」書き直させて送る
- くだけた調子。GPT-5に「遊び心のある調子で」書き直させて送る
集まったのは1万6,880通。素のまま5,633通、ビジネスライク5,595通、くだけた調子5,652通。社内宛41.4%、社外宛58.6%。受け取る側には、AIに書き直されたものかどうかは一切知らされていません。
開封も返信も、条件のあいだで差が出なかった
結果です。
| 条件 | 開封率 | 返信率 |
|---|---|---|
| 素のまま | 57.0% | 22.2% |
| ビジネスライク | 58.0% | 21.5% |
| くだけた調子 | 57.7% | 22.2% |
ほとんど同じです。統計的にも差はありませんでした(開封 p=0.62、返信 p=0.31)。開くまでの時間も返信までの時間も動いていません。中央値で開封まで約25時間、返信まで約38時間。どの条件でも同じでした。
GPT-5に書き直させても、相手の行動は1ミリも変わらなかった。これが一つ目の事実です。
ただし、文章そのものははっきり変わっていました。研究チームは各メールに、感情の前向きさを示すスコアを機械的に付けています(マイナス1からプラス1)。くだけた調子への書き直しはこのスコアを上げ(B=+0.068)、ビジネスライクへの書き直しは下げました(B=-0.041)。どちらもしっかりした差です。
前向きさの上位と下位で、返信率が19ポイント違った
研究チームは、条件ではなく「実際に出てきた文章の前向きさ」で1万6,880通を並べ直しました。同じ人が書いたメールのなかで、前向きさが高いものと低いものを比べる形です。個人差は消してあります。
- 前向きさが最も低い4分の1のメール。開封50.2%、返信14.0%
- 前向きさが最も高い4分の1のメール。開封66.7%、返信33.3%
開封で17ポイント、返信で19ポイントの差です。前向きさが1点上がると、開いてもらえるオッズは2.05倍、返信がもらえるオッズは3.32倍になっていました。
条件では動かず、文章の温度では動く。この2つは矛盾しません。書き直しという操作は、温度という一点だけを通って相手に届いていたということです。研究チームは媒介分析でこれを確かめていて、くだけた調子は開封と返信の両方に有意なプラスの間接効果を持ち、ビジネスライクは同じ経路を逆向きにたどっていました。
「もっとビジネスライクに」が、返信の芽を摘んでいた
私が読んで手が止まったのはここです。論文の議論部分に、こういう趣旨のことが書かれています。AIに「もっとプロフェッショナルに」と頼む人は、温かさと引き換えに体裁を買っている。そして意図しないまま、より正しく読めるが返事の来にくい文章を作っている。
もう一つ、社外向けに効く数字がありました。素のまま書いたとき、社内宛メールの前向きさは平均+0.24、社外宛は平均-0.05。何もしなくても、社外宛のメールはもともと冷たいのです。そこへ「ビジネスライクに」を重ねると、いちばん冷えているところをさらに冷やすことになります。
私の営業メールのテンプレートが、まさにこれでした。
では、AIで結果が動くときは何が効いているのか
書き直しただけでは動かない。では動くときは何が動かしているのか。ここで、もっと規模の大きい研究を並べます。
2025年12月4日のScience誌に載った、オックスフォード大学などの研究チームによる実験です。参加者7万6,977人、扱った論点は707、使ったモデルは19種類。生成された主張46万6,769件の事実確認まで行った、査読済みの論文です。
説得力を大きく押し上げたのは、モデルの学習後の調整(最大51%)と、指示の書き方(27%)でした。一方、相手に合わせた個別化(パーソナライズ)とモデルの大きさは、効果は測れるものの小さいという位置づけです。効いていたのは、事実として確かめられる情報をどれだけ詰め込んだか。研究チームはこれを情報の密度と呼んでいます。
そして副作用が報告されています。説得力を上げた手法ほど、事実の正確さが下がっていました。
2つを並べると線が引けます。メールの実験が変えたのは「AIを使ったかどうか」で、結果はゼロ。Scienceの実験が変えたのは「AIに何をどう書かせるか」で、結果は最大51%。分かれ目は、道具を入れたかどうかではなく、出てくる文章の中身まで設計したかどうかです。
明日から変えられる3つのこと
- 「もっとビジネスライクに」を既定のプロンプトから外す。とくに社外向けの定型文。「読みやすく、ただし文章の温かさは下げないで」のひと言を足すだけでも向きが変わります。
- 相手ごとの個別化に時間をかける前に、事実を1つ足す。数字、日付、固有名詞。ただし正確さは自動では担保されません。AIが書いた数字と固有名詞は、送る前に人が裏を取る。ここは省けません。
- 測る単位を「AIを入れたか」から「文面がどう変わったか」に変える。テンプレートごとに開封率と返信率を出す。導入の可否より、文面のバージョンで比べるほうがはるかに早く答えが出ます。
この研究の弱いところも書いておきます
メールの実験は査読前のプレプリントです。通数は多いものの、参加者は121人。期間は3週間なので、相手が慣れたあとどうなるかは分かりません。前向きさは自動スコアで測っただけで、研究チーム自身が「温度と行動の関係は相関にとどまる」と断っています。
もう一つ正直な数字があります。「素のまま」で送られたメールのうち34.6%から、AIによる編集が検出されました。指示を受けても3分の1はAIを使っていたということです。研究チームはこれを除いた1万4,931通でも分析し直し、結論は変わらなかったと報告しています。
まとめ
- AIに書き直させても、開封率も返信率も返信までの時間も変わらなかった(1万6,880通)
- 変わったのは文章の前向きさ。そこを軸に並べ直すと、返信率は14.0%から33.3%まで開いた
- 「もっとビジネスライクに」という指示は前向きさを下げ、返信を減らす向きに働いていた
- 7万6,977人の別実験で効いたのは、パーソナライズでもモデルの大きさでもなく事実の密度。ただし説得力が上がるほど正確さは落ちた
- 次にやること。社外向けテンプレートから「ビジネスライクに」を外し、開封率と返信率をテンプレート単位で記録し始める
AIに文章を任せると、書く時間は確かに減ります。ただ、任せきりにしていると、届く文章は少しずつ冷たくなっていくのかもしれません。浮いた時間で、どんな温度で相手に届けたいかを人が決める。この道具のいちばん面白い使い道は、たぶんそこにあります。
出典
- Ben-Zion, Z. & Lazebnik, T.「Playful AI in Professional Email: A Field Experiment on Tone and Recipient Engagement」arXiv:2607.11749(2026年7月13日公開/査読前のプレプリント。6社121人・16,880通)
https://arxiv.org/abs/2607.11749
- Hackenburg, K., Tappin, B. M., Hewitt, L. ほか「The levers of political persuasion with conversational artificial intelligence」Science 390巻6777号(2025年12月4日/査読済み。76,977人・707論点・19モデル・466,769件の主張を事実確認)
https://www.science.org/doi/10.1126/science.aea3884
- 上記の著者版プレプリント(本文の数値はこちらでも確認しています)
https://arxiv.org/abs/2507.13919
写真:Openverse(CC0)
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