社員向けのAI研修を検討している経営者・人事責任者に向けた記事です。
先に立場を明かします。当社はAI研修を商品として持っています。そのうえで、自社にとって都合の悪い数字から先に並べます。研修に予算を出す前に何を決めておくべきか、そこまで書きます。
本記事では、査読済みの論文と、まだ査読を受けていないワーキングペーパー・プレプリント、企業の自社調査を区別して書いています。どこまで確かな話なのかも含めて読んでいただければと思います。
同じ時期に出た、2つの数字
個人は、1時間あたり15%多く片づけている
ブリニョルフソンらが、カスタマーサポート担当5,172人を追った研究があります。生成AIの対話アシスタントを段階的に導入し、その前後を比べたものです。1時間あたりに解決した問い合わせ件数は、平均で15%増えました。
この論文は経済学の主要誌に載った査読済みの研究です。個人の作業が速くなったこと自体は、かなり確かな話だと考えていいと思います。
出典:Brynjolfsson, Li, Raymond「Generative AI at Work」Quarterly Journal of Economics 140巻2号 889-942頁、2025年(査読済み) 論文を見る
会社の帳簿では、3年で0.29%
もう一方は、会社側の数字です。米国・英国・ドイツ・オーストラリアの約6,000社の上級幹部に聞いた調査で、過去3年間にAIが自社の労働生産性(従業員1人あたり売上)に影響しなかったと答えた人が89%でした。雇用への影響がなかったという回答は90%を超えます。
回答を数値に置き換えて平均すると、この3年でAIが押し上げた生産性は約0.29%でした。国別では米国0.24%、英国0.29%、ドイツ0.24%、オーストラリア0.49%と、大きな違いはありません。
この0.29%は実測値ではなく、幹部の回答区分に数値を割り当てて平均した推計値である点は補っておきます。それでも、ほぼ誤差の範囲だという印象は変わりません。
同じ調査では、AIを実際に使っている企業が69%、幹部の3分の2以上が日常的にAIを使っているものの、その利用時間は週平均で1.5時間でした。そして同じ幹部たちは、これから3年でAIが生産性を平均1.4%押し上げると予測しています。過去は0.29%、これからは1.4%。期待が先に立っている状態です。
出典:Yotzov ほか「Firm Data on AI」NBER Working Paper 34836、2026年2月(2026年3月改訂・査読前/調査実施は2025年11月から2026年1月) 論文を見る
個人の現場では15%。会社の帳簿では0.29%。個人が速くなっているのは本当で、それが会社に届いていない。この記事は、その差がどこで消えているのかという話です。
効いたのは新人。ただし「スキルが身についた」からではない
先ほどの15%には続きがあります。効果は人によってまったく違いました。
- 経験の浅い、スキルの低い層では、速さと質の両方が改善した
- 最も経験があり、スキルの高い層では、速さがわずかに上がっただけで、質はむしろわずかに下がった
著者らの説明はこうです。AIが、その職場でできる人が持っていた進め方を取り込んで、他の人に配っていた。だから配られる側の新人には効き、もともと配る側だった熟練者には新しく足せるものがなかった、と。
ここは読み替えが必要なところです。効果の正体は「個人がAIを使えるようになったこと」ではありませんでした。社内のうまいやり方が、全員の手元に届いたことです。価値は個人の学習ではなく、知識の共有のほうに乗っていました。
会社の数字を動かしたのは、スキルではなく置き場所
では、会社側で何をすると数字が動くのか。7つの業務にAIを入れて効果を測った実験が、ひとつの答えを出しています。ある越境ECが2023年から2024年にかけて、購入前チャットから広告タイトル生成まで7つの業務に生成AIを入れ、それぞれでランダム化比較実験を行ったものです。
結果は業務ごとにきれいに割れました。
- 購入前の問い合わせチャット:売上プラス16.3%(対象44,614人、統計的に有意)
- 検索クエリの補正:プラス2.9%(対象約185万人、有意)
- 商品説明の生成:プラス2.1%(対象約477万人、有意)
- 販促プッシュ通知:プラス1.6%(対象約1,372万人、統計的に有意ではない)
- 広告タイトルの生成:マイナス4.5%(対象約124万人、統計的に有意ではない)
分かれ目はAIの性能ではありませんでした。入れる前に、そこが空白だったかどうかです。一番伸びた購入前チャットの比較対象は、人が作り込んだ何かではなく、実質的に対応できていなかった状態でした。逆に、すでに人が手をかけて作り込んでいた広告タイトルでは、数字は動きませんでした。
出典:Fang, Yuan, Zhang, Donati, Sarvary「Generative AI and Sales Productivity: Field Experiments in Online Retail」arXiv:2510.12049 v6(2026年6月29日改訂/プレプリント・査読前) 論文を見る
AIで完結させないほうが、数字はよかった
同じ実験で、もうひとつはっきり出ているものがあります。AIだけで対応を終わらせる形より、AIが受けて、詰まったら人に引き継ぐ形のほうが数字がよかったという結果です。
AIだけの対応と比べると売上は25.0%、コンバージョンは29.0%高くなりました。さらに、人だけが対応した場合と比べても、AIが受けて人に引き継いだほうが顧客の支出は11.5%多くなっています。
AI導入というと、どこまで人を外せるかという話になりがちです。この実験に限って言えば、外しきらなかったほうが数字は良かったことになります。
業務そのものを組み直しているチームは、まだ少ない
置き場所の話が正しいとして、現場でそこまでやっているチームはどれくらいあるのか。マイクロソフトが10か国20,000人のナレッジワーカーに聞いた2026年の調査があります(各市場2,000人、2026年2月18日から4月7日に実施。自社調査であり査読は受けていません)。
この調査で、AI活用が最も進んだ層として分類されたのは全体の約16%でした。注目したいのは、その進んだ層の中の数字です。
- 業務プロセスを一緒に見直してAIの使いどころを洗い出している:63%(それ以外の層は32%)
- AIの手順・人への引き継ぎ・品質基準がチームで文書化され、誰でも繰り返せる形になっている:26%(それ以外の層は19%)
最も進んでいる層でさえ、手順が文書化され再現できる状態になっているのは4社に1社ほどです。裏を返せば、大半は今のやり方の中で、個人がそれぞれのコツでAIを使っている状態にあります。冒頭の0.29%は、この構成比の結果として素直に読めます。
出典:Microsoft「2026 Work Trend Index」(自社調査・査読なし) レポートを見る
研修に予算を出す前に決める4つのこと
1. 研修より先に、業務を1つ決める
研修を先に入れると、各自が各自のやり方で少し速くなって終わります。先に「どの業務の、どの瞬間に、誰が開くか」を決めてください。順番が逆になると、0.29%側に着地します。
2. すでに空白になっている場所から探す
一番伸びたのは、人が作り込んだ業務ではなく、手が回っていなかった窓口でした。今きちんと回っている業務にAIを重ねても、数字は動きにくいと考えたほうが現実的です。折り返せていない問い合わせ、後回しになっている記録、聞かれるたびに探している資料。そのあたりが候補になります。
3. 効果は、新人と熟練者を分けて測る
全体平均で見ると効果は薄まります。効くのは経験の浅い側です。熟練者は速さがわずかに上がる程度で、質がわずかに落ちる可能性もあります。分けて測らないと、どちらの話をしているのか分からなくなります。
4. 研修の成果物を「できるようになった社員」ではなく「業務の手順1本」にする
持ち帰るものを、会社の共有物としてのプロンプトと手順にしてください。個人の頭の中に残る形にすると、その人が辞めた日に消えます。あわせて、AIが詰まったときに人へ渡す線も先に決めておきます。数字が一番良かったのは、AIと人をつないだ形でした。
まとめ
- 個人のAI利用は1時間あたりの成果を15%増やしたが、約6,000社の幹部が答えた過去3年の生産性への影響は平均0.29%だった
- 効いたのは新人で、その正体は個人の学習ではなく、社内のうまいやり方が配られたこと
- 会社の数字を動かしたのは社員のスキルではなく、どの業務のどこにAIを置くかという配置
- 一番伸びたのは、それまで手が回っていなかった窓口。すでに作り込まれていた業務では動かなかった
- AIで完結させるより、詰まったら人に引き継ぐ形のほうが数字はよかった
- 手順が文書化され誰でも繰り返せる状態にあるチームは、最も進んだ層の中でも26%
研修に意味がないという話ではありません。決める順番が逆だと効かない、という話です。配置を決めたあとに、その手順を全員へ配るために研修をやる。順番はそれだけです。
「AIで作業が楽になること自体は入口にすぎません。楽になった分を、これまで手が回らずに落としていた仕事へ回せたとき、はじめて会社の数字が動きます。だから私たちは、研修の前に業務を1つ決めるところからご一緒しています」(株式会社AIdollargame 代表取締役 佐藤徳之介)
出典一覧
- Brynjolfsson, Li, Raymond「Generative AI at Work」Quarterly Journal of Economics 140巻2号 889-942頁、2025年(査読済み/カスタマーサポート担当5,172人) https://academic.oup.com/qje/article/140/2/889/7990658
- Yotzov ほか「Firm Data on AI」NBER Working Paper 34836、2026年2月(2026年3月改訂・査読前/米英独豪の約6,000社、調査実施2025年11月から2026年1月) https://www.nber.org/papers/w34836
- Fang, Yuan, Zhang, Donati, Sarvary「Generative AI and Sales Productivity: Field Experiments in Online Retail」arXiv:2510.12049 v6(2026年6月29日改訂/プレプリント・査読前) https://arxiv.org/abs/2510.12049
- Microsoft「2026 Work Trend Index」(自社調査・査読なし/10か国20,000人、2026年2月18日から4月7日実施) https://www.microsoft.com/en-us/worklab/work-trend-index/agents-human-agency-and-the-opportunity-for-every-organization
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