AIを入れたのに、どれくらい楽になったのか自分でも説明できない。そういう経営者に向けて書きました。
医療の現場では、話した内容をAIが聞き取って記録に起こす道具が、すでに何万人という単位で使われています。効果を測った研究もそろってきました。ところが数字が、16分と16秒でぶつかっています。
どちらも大きな実測です。どちらも間違っていません。今日はこの食い違いの正体と、自社でAIの効果を測るときに先に決めておくべきことを書きます。
臨床医8,581人を追った実測
まず一番大きいものです。2026年4月1日にJAMAへ載った、査読済みの論文です。
- 対象:米国の5つの大学病院グループの外来臨床医8,581人
- うち道具を使い始めた人:1,809人。使わなかった同僚6,772人と比べています
- 期間:2023年6月から2025年8月
- 道具:Ambience、Nuance DAX Copilot、Abridgeの3種類。いずれも電子カルテのEpicに組み込まれた形
結果は、診療予定8時間あたりに換算して次のとおりでした。
- 記録に使った時間:16.0分の減少(95%信頼区間 13.7〜18.3)
- 電子カルテを開いていた時間の合計:13.4分の減少(同 9.1〜17.7)
- 1週間の診察件数:0.49件の増加(同 0.17〜0.81)
- 勤務時間外に電子カルテを開いていた時間:はっきりした差なし
ここで大事なのは、16.0分という数字がぶら下がっている先です。1回の診察あたりではありません。診療予定8時間あたり、つまりほぼ1日ぶんに揃えた数字です。
論文を紹介した記事の中には、これを「1回の診察あたり16分」と書いたものがありました。同じ数字でも、かかり先が変わると意味はまるで別になります。
同じ道具を、1回あたりで測った研究
次が食い違いのもう片方です。2026年5月29日のJAMA Network Open、こちらも査読済みです。
- 対象:臨床医1,547人。延べ16,149件の月ごとの観測
- 期間:2023年7月1日から2025年3月31日。69.4%が医師
こちらの主役の数字はこうでした。
- 1予約あたりの記録時間:0.26分の減少(95%信頼区間 -0.41〜-0.11、p<0.001)
0.26分は、約16秒です。
同じ論文では、勤務時間外の記録が月を追うごとに0.38分ずつ減り続けたこと、収益の単位であるRVUが7.40増えたことも報告されています。一方で、1日あたりの予約件数と効率スコアには差が出ませんでした。
257万件を割ってみる
3本目です。カイザー・パーマネンテの医師集団であるTPMGが、NEJM Catalystに出した実装報告です。
- 医師7,260人が使用。期間は2023年10月から2024年12月
- AIが補助した診察:2,576,627件
- 削減できた記録時間の合計:約16,000時間
ここからは私の計算です。16,000時間を秒に直して257万6,627件で割ると、1件あたり約22秒になります。
先ほどの16秒と、同じ桁に着地しました。
数字は矛盾していない
並べ直します。
- 1回の診察あたりで測ると、15秒から25秒くらい
- 1日ぶん(診療予定8時間)に積み上げると、16分
外来の医師が8時間で何人を診るかを思えば、同じ現象の別の見え方です。片方だけを取り出せば「劇的に楽になった」とも「ほとんど変わらない」とも言えます。
AIの効果を測るとき、最初に決めるべきなのは何分減ったかではありません。何あたりで数えるか、です。ここを決めずに始めた計測は、あとから都合のいい方に読めてしまいます。
もう一つの分かれ目は、いつ測るか
理由はもう一つあります。時間です。
査読前のプレプリントですが、期間ごとの変化を追った研究があります。2026年3月5日公開。プライマリケアの臨床医220人、36診療所、314,845件の診察を、導入前24週と導入後24週で比べています。
導入直後(0日目)と150日目を並べると、こうなっていました。
- 記録の作成時間:7%減 から 15%減へ
- 帰宅後の記録時間:変化なし から 18%減へ
- 予定時間外の作業時間:変化なし から 13%減へ
- 記録の長さ:5%増 から もとの水準へ戻る
- 24時間以内に記録を閉じた割合:31%増 から もとの水準へ戻る
- 収益の単位(RVU):変化なし から 2%増へ
導入した日の効果は、半年後の効果の半分以下でした。
そして、時間外の作業は最初まったく動いていません。動き始めたのは、しばらく使い続けたあとです。
これは1本目のJAMAで「勤務時間外の時間に差が出なかった」ことと、きれいに噛み合います。導入直後を含む期間を平均すれば、あとから出てくる効果は薄まって消えます。
1本目のJAMAでも、効果が大きかったのは、診察の半分以上で使っていた人たちでした。たまに使う人と毎回使う人を混ぜて平均すれば、やはり数字は小さくなります。
なお、この4本目は1つの医療システムだけを見たもので、データも公開されていません。確定した話としては扱わないでください。
中小企業の現場に翻訳すると
医療の話ですが、記録を作る仕事はどの業種にもあります。介護記録、日報、議事録、点検表、問い合わせの応対履歴。同じ読み方が使えます。
- 測る単位を先に紙に書く。「1件あたり何秒」か「1日あたり何分」か。導入前に決めて、前後を同じ単位で数えます。これがないと、効果があってもなくても説明できません
- 導入した週の数字で判断しない。半年で効果が倍になった例があります。少なくとも3か月は見てから決めてください
- 使った割合を数える。効果が出たのは、半分以上の場面で使っていた人たちでした。全員に配って終わりにせず、誰がどれくらい使ったかを月に1回だけ見ます
- 時間外の仕事が減ったかを、別枠で見る。ここは最後に動きます。日中の時間だけ見て「効かなかった」と切るのは早い
- 1件あたり20秒でも、件数を掛ければ意味が出ます。257万件で1万6,000時間でした。逆に、件数の少ない仕事にAIを入れても、時間の数字はまず動きません
まとめ
- 臨床医8,581人の査読済み研究では、記録時間が診療予定8時間あたり16.0分減った
- 別の査読済み研究では、1予約あたりの記録時間は0.26分、約16秒の減少だった
- 257万6,627件で約1万6,000時間という実装報告を私が割ると、1件あたり約22秒だった
- 3つの数字は矛盾していない。何あたりで数えるかが違うだけ
- 効果は導入直後が一番小さい。0日目に7%減、150日目に15%減という報告がある
- 帰宅後や時間外の作業が減り始めるのは、しばらく使い続けたあとだった
- 明日からの一歩は、導入前に「1件あたり」か「1日あたり」かを決めて、その単位で今の数字を1回だけ測っておくこと
どれも海外の医療現場の研究です。数字をそのまま自社に当てはめず、測り方の作法として使ってもらえればと思います。
AIで記録が楽になること自体は入口にすぎません。空いた時間を何に使えたのかまで数えられるようにしておくと、次に何を任せるかの判断が速くなります。
出典
- Rotenstein LS, Holmgren AJ, Thombley R, ほか「Changes in Clinician Time Expenditure and Visit Quantity With Adoption of Artificial Intelligence-Powered Scribes: A Multisite Study」JAMA 2026;335(16):1408-1417(2026年4月1日オンライン公開/査読済み。臨床医8,581人)
https://jamanetwork.com/journals/jama/article-abstract/2847319
- Husa RA, Haggerty J, Nute AW, ほか「Ambient Artificial Intelligence Use and Clinician Documentation Burden, Productivity, and Efficiency」JAMA Network Open 2026;9(5)(2026年5月29日/査読済み。臨床医1,547人・16,149観測)
https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2849634
- The Permanente Medical Group「Ambient Artificial Intelligence Scribes: Learnings after 1 Year and over 2.5 Million Uses」NEJM Catalyst(2025年4月1日/医療機関自身による実装報告。医師7,260人・診察2,576,627件。医師アンケートの回答は102人、患者アンケートは118人と少数)
- Waken RJ, Lou SS, Hofford M, ほか「Longitudinal effects of ambient AI scribe use on documentation burden and financial productivity: A quasi-experimental study」medRxiv(2026年3月5日 第3版/査読前のプレプリント。プライマリケア220人・36診療所・314,845件。単一の医療システムのみ、データ非公開)
https://www.medrxiv.org/content/10.64898/2026.01.12.26343538v3
写真:Openverse(CC0)
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