経験の浅い社員にAIを持たせて、早く戦力にしたい。そう考えている経営者に向けた記事です。
先月、私はこのnoteで「経験の浅い人にこそ先に渡す」と書きました。今日はその結論を半分訂正します。
そうさせたのは、約6,000人を対象にした現場の実験です。伸びていたのは、新人ではなくベテランのほうでした。
スーパーの棚で、6,000人に道案内を配った
紹介するのは、Information Systems Research という学術誌に載った研究です。査読を通っています。
舞台は、米国の買い物代行サービスInstacart。報道発表によると、約160店舗、約6,000人の買い物担当者を対象に、くじ引きで配る人と配らない人を分けた実験です。
配られたのは、生成AIではありません。機械学習を使った店内の道案内ツールです。頼まれた商品が店のどこにあるかを示し、棚から取る作業をその場で支えます。
結果はこうでした。
- 作業の効率が3.29%改善
- 仕事の質が3.83%改善(報道では、返金につながるミスの減少として説明されています)
- その人が受ける仕事の量が3.16%増加
正直に言って、地味な数字です。世の中でよく見る「30%改善」とは桁が違います。実験室ではなく、毎日続く現場の仕事で測ると、このくらいの値になります。
効いたのは、経験のある人のほうだった
ここからが本題です。論文はこう書いています。
道具は経験の価値を減らさず、むしろ補った。効果が大きかったのは、経験のある働き手のほうだった。
一方で、素の上手さ、つまりスキルについては逆でした。上手くない人が上手い人との差を埋めるのを、道具が助けていました。
ただし条件がつきます。上手くない人がその恩恵を十分に受けるには、その人自身に現場の経験が必要でした。
そして、経験を補う度合いは、仕事が複雑なときと、忙しくて手が回らないときほど大きくなっていました。
整理すると、こうなります。
AIは「上手いかどうか」の差は縮める。けれど「その現場を知っているかどうか」の差は縮めない。むしろ、現場を知っている人ほど使いこなす。
先月の記事を、半分訂正します
8月10日に、アルゼンチンの1,174人の実験を紹介しました。AIを渡すと、学歴による成績の開きが4分の3も消えた、という内容です。そこから私は「経験の浅い人に先に渡す」と書きました。
今回のデータと並べると、言い方が雑でした。正しくはこうです。
縮むのは、学歴やスキルの差。縮まないのは、現場の経験の差。
違いは、測っている場所にあります。アルゼンチンの実験は、初めて見る課題を20分で解くオンラインのテストでした。参加者の誰もその仕事の経験を持っていません。だから経験の差は最初から測りようがない。
Instacartのほうは、同じ店に何度も入って毎日続ける仕事です。ここでは、経験が効きます。
もう1本、7,137人の実験も同じ方向を指していた
片側だけ並べないために、別の大きな実験も見ておきます。
66社・7,137人を対象にした6か月のランダム化実験です。メールや会議、文書作成に組み込まれたAIを、くじ引きで半分の人に配りました。査読前の研究です。
配られた人の80%が実際に使い、実験の後半では、メールにかける時間が週に2時間減りました。時間外の作業も減っています。
ただし、仕事の量や中身そのものには、変化が見つかりませんでした。
作業は軽くなる。でも、個人に道具を配っただけでは、仕事の形は動かない。Instacartの3%台と、同じことを別の角度から言っています。
中小企業の現場に翻訳すると
- 新人にAIを渡すなら、現場を覚える仕組みとセットにする。道具だけ先に渡しても、この実験では効きませんでした
- ベテランから外さない。複雑な案件と、忙しい時間帯ほど、経験者のほうが効いていました
- 効果の見積もりは数%で置く。6,000人で測って3.29%と3.83%です。導入前の期待値をここに合わせておくと、社内が荒れません
- 唯一大きく動いた数字を狙う。複数の店舗で働く確率が32.5%上がりました。速くなったのではなく、その人が担当できる場所が広がったということです
最後の1つが、いちばん実務に効きます。自社で「この人しかできない」業務を1つ選び、AIを足して2人目が触れるようにする。速度より、担当できる範囲。そこに数字が出ています。
まとめ
- 約6,000人・約160店舗の現場実験で、効率3.29%、質3.83%、仕事量3.16%の改善
- 伸びたのは経験のある人のほう。道具は経験を代わりにするのではなく、補っていた
- スキルの差は縮んだ。ただし、その恩恵を受けるにも現場の経験が要る
- 66社7,137人の実験でも、メールは週2時間減ったが、仕事の量と中身は動かなかった
- 唯一大きく動いたのは、複数店舗で働ける確率の32.5%増。効くのは速度より担当範囲
- 明日の一歩は、AIを配る順番を決める前に、その人が現場を覚える時間を確保すること
数字の扱いに注意点を書いておきます。Instacartの研究はギグワークが舞台で、棚から商品を探す仕事です。事務仕事にそのまま当てはまるとは限りません。道具も生成AIではなく、機械学習の現場支援ツールです。もう1本は査読前で、実験に使われたのは提供元企業の製品です。
それでも、この2本が同じ方向を指しているのは事実です。AIを配るより先に、配る相手が現場をどれだけ知っているかを見る。順番は、たぶんこちらが先です。
出典
Benjamin Knight, Dmitry Mitrofanov, Serguei Netessine「Human-Algorithm Collaboration in Gig Work: The Role of Experience, Skill Level, and Task Complexity」(Information Systems Research、査読済み/オンライン先行公開。2026年8月に研究紹介が報じられました。ワーキングペーパー版はSSRNで公開されています)
https://doi.org/10.1287/isre.2024.1664
上記研究の紹介記事(人数・店舗数はここに基づいています)
https://phys.org/news/2026-08-ai-workers-paired.html
Sonia Jaffe ほか「Shifting Work Patterns with Generative AI」(arXiv:2504.11436、2025年4月公開・2025年11月改訂。査読前の研究。66社7,137人、6か月)
https://arxiv.org/abs/2504.11436
先月の記事で紹介した実験(Cruces ほか、arXiv:2608.04198、2026年8月4日公開。査読前の研究。アルゼンチン、1,174人)
https://arxiv.org/abs/2608.04198
写真: Openverse(CC0)
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