「楽ではなく、楽しいを考える。」を、自分で実証してみた

2026 / 06 / 03AIdollargame CEO読了 約9分

「楽ではなく、楽しいを考える。」は、弊社が掲げる理念だ。だが理念というのは、口で語っているうちは半分も伝わらない。きれいごとに聞こえてしまう。自分の仕事で実際にやってみて、初めて言葉に体重が乗る。だから、まず自分で実証することにした。

結論から書くと、AIに作業を渡したことで、私の手元には「人と向き合う時間」が戻ってきた。これは効率化の話ではない。生き方の話だ。少し遠回りに聞こえるかもしれないが、なぜそう感じたのかを、順を追って書いてみたい。

人は、なぜ人と会わなくなったのか

「最近、飲み会が減った」「人付き合いが面倒になった」——よく聞く話だ。これを「若者の価値観の変化」で片づける人が多いが、私はそうは思わない。原因はもっと単純で、人間が忙しくなりすぎ、そして疲れすぎているからだ。

仕事に追われ、こなすべきタスクは増え続ける。その上、スマホを開けばニュース、SNS、動画、通知が止まらない。テレビもインターネットも、四六時中こちらの注意を奪い合っている。脳が処理する情報量が、人類史上ありえない水準まで膨れ上がっている。家に帰る頃には、誰かと会って話す気力すら残っていない。会わないのではなく、会う余力が削られているのだ。

これは個人の意志の弱さではない。構造の問題だ。忙しさと情報過多という二重の負荷が、人と人との関わりを少しずつ削り取っている。

人間は本来、人との関わりで幸せを感じる

もちろん、仕事そのものに生きがいはある。何かを成し遂げる喜び、認められる手応え——それは本物だ。だが、もっと根っこのところで、人間は人と人との関わりの中に幸せを見出す生き物だと思う。誰かと笑い合う、悩みを打ち明ける、一緒に飯を食う。そういう時間が、人を人として支えている。

ところが資本主義の現実では、働かなければ生きていけない。多くの人が「生きるために仕事をしている」状態に追い込まれている。生きがいのための仕事が、いつのまにか生存のための消耗に変わり、人と関わる時間も気力も奪われていく。

「楽ではなく、楽しいを考える。」という言葉は、ここに向けている。AIに面倒な業務を任せ、人には「楽しい」と思える時間——人との関わりや、自分と向き合う時間——を取り戻してもらう。ここで言う「楽しい」は、ただ「楽(ラク)」をすることではない。夢中になれること、心が動くことだ。きれいな標語ではなく、現代人が失いかけている具体的な何かを指している。

私がAIに渡した「作業」

では実際に、自分の仕事で何をAIに渡したか。ホームページの制作、記事の執筆、提案資料の作成——こういった「やらなければいけないが、必ずしも私や専門家が時間を割くべきではない作業」を、まとめてAIに任せた。

これまで、こうした制作物はエンジニアに頼んでいた。だが、ここで一つ大事なことに気づいた。エンジニアの時間も、最適化されたのだ。

エンジニアの時間まで、無駄にしなくなった

エンジニアは本来、プロダクトの開発にこそ時間を使うべき人間だ。ホームページの細かな修正や記事ページの調整は、正直に言えば開発に比べて優先度が低い。にもかかわらず、これまではそこに彼らの貴重な時間を使わせてしまっていた。

AIがその部分を巻き取ったことで、エンジニアは開発に集中できるようになった。私の時間が空いただけでなく、チーム全体の時間配分が最適化された。AIは「誰かの仕事を奪った」のではなく、「全員を、その人がやるべき仕事に戻した」のだ。これは導入してみて初めて体感できたことだった。

弊社のプロダクトも、同じ思想でできている

この考え方は、AIdollargameが作るプロダクトそのものの設計思想でもある。問い合わせ対応、経営判断の参照、日々のタスク管理——業務を効率化し、一人の人間だけでは到底賄いきれないことをAIが肩代わりする。その結果、人間が「やらなければいけないこと」が減り、別の何かに向き合う時間が生まれる。

私たちが売っているのは、単なる効率化ツールではない。人間が人間らしくいられる時間を、もう一度作り出すための道具だ。理念とプロダクトが、同じ一本の線の上にある。

空いた時間で、何が起きたか

作業が手から離れて、時間が空いた。その時間で何をしたか、正直に書く。

以前なら「メールで済ませよう」と思っていた取引先に、足を運んで会いに行った。ゆっくり食事をともにした。顔を合わせて話すと、メールでは絶対に出てこなかった本音や相談が出てくる。そこから新しい仕事の話も生まれた。家族と過ごす時間も増えた。問い合わせへの反応も速くなり、「対応が早いね」と言ってもらえるようになった。

AIが作業の速度を引き受け、私は人との関係づくりに時間を使う。この役割分担が、はっきりと回り始めた感覚があった。

AIは、人間から何も奪わない

AIによってできることは、ここ数年で格段に増えた。かかる時間も劇的に短くなった。だが、それで「AIに仕事を奪われる」という結論にはならない。私の実感はむしろ逆だ。

奪われたのは「やらなくてよかった作業」で、戻ってきたのは「人と向き合う時間」だった。AIはあくまでツールであり、それ以上でも以下でもない。ツールが面倒な作業を引き受けてくれるからこそ、人間は人間にしかできないこと——人と関わり、自分と向き合うこと——に目を向けられる。

AIは何かを奪う存在ではない。むしろ、私たちが大切なものを取り戻すための、最も強力な味方になり得る。それを、自分の仕事で確かめることができた。

実際に、こんなことが起きた

抽象論だけでは伝わらないので、具体的に書く。ある取引先とは、長らくメールのやり取りだけで済ませていた。用件は片づくが、それ以上の関係にはならない。だが時間ができたので、思い切って会いに行き、昼飯を一緒に食べた。すると、メールでは一度も出てこなかった「実はこういうことで困っている」という話が、自然と口から出てきた。そこから、新しい仕事の相談につながった。

同じことが、社内でも、家庭でも起きた。チームのメンバーと雑談する余裕が生まれ、表情の変化に気づけるようになった。家族と食卓を囲む時間も増えた。どれも、AIが作業を巻き取ってくれなければ、「時間がない」を言い訳に後回しにしていたことばかりだ。失っていたのは時間そのものより、人と向き合うための心の余白だったのだと、後から気づいた。

「結局きれいごとでは?」と思う人へ

こう書くと、「効率化して時間が空いても、どうせまた別の仕事で埋まるだけだろう」と言う人がいる。その指摘は半分正しい。空いた時間を何に使うかを自分で決めなければ、時間はまた作業で埋まる。AIは時間を作ってくれるが、その使い道までは決めてくれない。そこは人間の意志の問題だ。

だから私は、空いた時間を意識的に「人と会うこと」「自分と向き合うこと」に充てると決めた。効率化を、ただの生産性向上で終わらせない。取り戻した時間を、「楽しい」と思えることに使い直す——そこまでやって初めて、「楽ではなく、楽しいを考える。」は完成する。理念は、放っておいて実現するものではなく、自分で選び取るものだった。

AIは、私の代わりに生きてはくれない。でも、私が生きるための時間を、確かに返してくれた。

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